役に立つSWOT分析とは。
全商連の冊子に執筆させていただいた記事の一部を改めてお伝えします。
本物のSWOT分析による美容業の戦略立案と実行
1) はじめに
美容業は「高度にサービス産業化」している。「技術」、「サービス」、「店舗イメージ」のすべてが整っていなければならない。一方、専門学校時代から美容師免許を取るために、衛生と技術を一生懸命に勉強、練習し、サロンに入っては、早くスタイリストになるために夜遅くまで技術の練習をし、スタイリストになると、お客様のヘアスタイルをお客様に似合うように自らの技術を駆使し、その月の売上を追求する。そういった環境に育ってきているので、「お客様が気に入ったスタイルが出来れば、それでまたお客様は来て下さる」と思っている経営者が未だ多い。もちろん、技術力は最も大切であるが、それだけではお客様はリピートしない。客観的なマーケティング活動を行った上で、多方面から戦略立案をし、実行しなければお客様が来てくれない時代になっていることをもっと意識しなければならない。
2) 美容室業界の現状
(1) 美容室経営者のマーケティング意識
財務省が発表している法人企業統計調査結果(多くの産業を網羅している約2万社のアンケート)によると、昨年の1月から6月まで、調査企業の売上高は前年を下回っていたが、7~9月期は、売上高、経常利益額ともに前年実績をオーバーした。景気回復を目標としたアベノミクスは、株価の上昇、円安だけでなく、夏ごろに実態経済にも結果として表れてきている。
しかし、美容業界で景気がよくなっている話をあまり聞かない。なぜ、他の業界では売上高が上がっているのに、美容業界は盛り上がらないのだろう。そう考えた時に、そのままに放置してしまうのが美容業を営む方々の特徴である。
同じファッション業界のアパレル産業では、景気の先を読みながら店頭展開の1年も前から商品作りが始まる。まず、糸の傾向、素材の傾向から始まり、来年のテーマカラー、シルエット、デザイン、サイズ展開、色展開、数量まで綿密に市場調査して予測、生産し店頭に並べる。読みをはずせば大きな赤字である。一方、流行を詳しく知らなくても、お客様の要望にお応えし、気に入ったスタイルをその場で再現出来るスタイリストは、本当に技術がしっかりしているので、こなしてしまう。なんとかなってしまう。実はここに落とし穴がある。
(2) オーバーストアを理解する
一部で減少しているという噂も聞かれるが、厚生労働省のデータでは、美容所数、美容師数はまだ増えて続けている。(24年3月現在)
データによると、美容所数は23万軒を突破した。一方、確実に利益を出しているサロンは、支払給与総額(推計約4550億円)から逆算すると、的確に稼働しているのは7~8万店舗ほどになるが(筆者推計)過剰出店に変わりなく、さらに増える傾向にある。商店街に空店舗が出来れば、美容室か飲食業が入店する。こういった状況がさらに続く中、「ヘアスタイルが気に入った」だけではリピートしてもらえないことが十分に分かる。高度化したお客様の関心はそこだけではないのである。失客理由の1位は、「お客様への無関心」と言われているように、何に関心があり、自店ではどういった関心事に対応できるかを的確に調べて、分析し、実行しなければならない。
景気が良くなっても、「なぜ美容業界だけ盛り上がらない」かは、総務省が出しているサービス業動向調査を調べればある程度推察できる。平成25年8月のレポートを見ると、「洗濯・理容・美容・浴場業」の需要状況DIが▲16.2になっている。一方、大きくプラスになっているのは、宿泊業、インターネット付随サービス業である。消費者は景気が良くなって、まず旅行やインターネットでのサービスを楽しんでいるのである。こういったことが分かれば、打つ手もある。ただヘアスタイルを提案するのではなく、「旅」をテーマにして、旅先に最適なヘアスタイルやヘアメイクの方法、トラベルグッズ、美容情報のネット配信などを行えば良いのではないかと考えられる。経営者やスタッフが旅好きであればなおさらである。これがSWOT分析の外部環境分析と言われるものの一部である。
3) 本物のSWOT分析
戦略を練る場合、最も重要なのはベクトルを合わせる起点である「正しい企業理念」がしっかりしているかどうか、それに基づいた、コンセプト設計(ターゲット設定と差別化商品の存在)が明確かどうかである。それらが明確であるならば、SWOT分析が生きて来る。
SWOT分析は「強み、弱み、機会、脅威」を出来るだけ多くの要素を抽出し、「機会を捉えて強みを活かす戦略」「脅威を避けて弱みを改善する戦略」を、コンセプトに合わせて修正・立案することと言われているが、注意しなければならないことは、その抽出が客観的かということである。
SWOT分析をスタッフ同志で行うと、強みに「オーガニックや癒しメニューがある」などが挙がる場合があるが、「オーガニックや癒しメニュー」はどこにでもある。自分たちは強みと思っていても、どこにでもあるようなものでは強みではない。一方、弱みと思っていても、お客様から意外と支持が高かったり、「旅行」にお客様を取られていても、旅行オタクのスタッフがいれば「旅行テーマ」を提案することによって集客できたりする。本当に、何が「売り」なのかまで追求しなければならない。あるサロンでは、自店のテーマを「育毛」に特化し研究開発した結果、評判となり新規のリピート率が90%以上となっているところもある。
SWOT分析を行う場合、客観的なデータ収集が最も重要であるが、それには、顧客アンケートや上位顧客インタビュー等も有効な方法である。アンケートなら最低限100名のお客様から、満足ポイント、課題ポイントを具体的に上げて頂く。当方の調査では、「満足」と答える人が90名以上いなければ不満というデータがある。さらに、どこに満足ポイントがあるのか。カットなのか、カラーなのか、気配りなのか、スタッフの服装なのか。また、どこに改善ポイントがあるのか。パーマなのか、器具なのか、看板なのか、細かく質問し傾向を分析しなければならない。ある街に新規顧客のリピート率があがらないサロンがあったが、アンケートで「清潔感」のポイントが低く、さらに自由回答で「おしぼりが臭う」とあり、思い切った整理整頓とおしぼりの洗濯方法を改善しただけで、4%も新規顧客のリピート率が上がった例がある。また、前面通行量が多いサロンでは、ファサードの照明改善とリーフ配布を増加した結果、客数が20%も増加したサロンもある。客観的なデータがあれば短期的な改善策が打てるのである。
4) 「強み」から「参入障壁」へ
美容業は「切る」「塗る」「巻く」が基本的なサービスである。それらは、お客様のオーダーによってサービスの内容が変動し、かつ、個人の力量に依存する部分が大きいので、店舗として他店との差別化が難しい。また、低価格サロンの出現によって、単品サービスの価格破壊が進み、半端な差別化では通用しない。そう言った理由で、客単価アップと他店との違いを出すために、ヘッドスパ、ネイル、エステ、まつげエクステ等、他のサービスを付加するトータルビューティサロンが増えている。
ヘッドスパはメーカーやそれぞれのサロンの独自の方法を開発し、売上に寄与している事が多いが、ネイルやエステ、まつげエクステ等を併設して成功(当該経費を吸収)しているサロンは少ないようである。なぜか。大きな理由は正社員に真のプロがいないからであると考えられる。(正社員にエキスパートがいるサロンは成功している場合が多い)真のプロとは「後進に指導できる人」だとすると、美容師として入社し、多くのサロンワークを勉強しながら、付随サービスの経験を専門で積み、後進の指導に当たるにはかなりの時間を要する。また、その道のプロを招聘しても同じく、コミュニケーションに時間がかかり、売上達成までなかなか歯車が合わない。歯車を合わせるには、経営者と当該スタッフの忍耐力と強い信頼関係が必要となってくる。ここが重要なポイントである。
経営者が、ただトータルビューティを強みにしたいと考え、単品サービスを追加するのではなく、経営理念実現に必要と覚悟し、当該スタッフが後進を指導出来るようになるまで、時間とお金をかけることが重要である。そのために中期の経営計画がある。
中期経営計画は、3年から5年で、あるテーマを実現するためにあり、人を育てるためにある。もし、SWOT分析で大きな「強み」がない場合は、将来の「強み」は何なのかを考え、希望し、その「強み」を育てていかなければならない。例えば、もし、「ネイル」の売上が上がらず、しかし、コンセプト実現に「ネイル」が必要であれば、将来、「ネイル」が強みになるように、3年間、時間とお金をかけて育てていかなければならない。その期間とコストが正しく費やされていたならば、必ず成果を生み、その期間とコストと試行錯誤がそのまま参入障壁となる。
5) 最近で最も重要なのは、「人が辞めない」という強み
美容室経営で重要なのは、顧客満足の前に、従業員満足を達成することである。これらは「インターナル・マーケティング」と呼ばれ、サービス業を研究する学者たちがその重要性をといている。経営者と従業員の間に良好なコミュニケーションが取れている場合は、従業員と顧客、さらに、会社と顧客のコミュニケーションがスムーズな場合が多い。例えば、スタイリストは良くお客様からプレゼントを頂く。すると、スタイリストは素直に経営者にそれを報告し、報告を受けた経営者は、そのお客様に丁重にお礼状を送付し、受け取ったお客様は感動する、といった具合である。
雰囲気が悪ければ、スタイリストはそのプレゼントを着服してしまうであろう。こういった状況にならないためには、経営者は、「衛生要因」と「動機づけ要因」を意識し、整えていかなければならない。
特に最近、低迷気味のサロンでSWOT分析を行うと、必ず「弱み」として上がるのが、人材不足である。リーマンショック以前では、経営者と考え方が合わず、従業員が辞職してもすぐに補充ができた。しかし、リーマンショック以降、安心・安定を求める従業員が増え、個人事業や小規模な法人が多い美容業では、社会保険に入っている企業が少なく、なかなか補充ができなくなってきている。新人を採用するにも、専門学校の卒業者が減少しており(前述の表参照)、社保に入っていない小規模事業者はさらに不利な状況となっている。
そこで、まず衛生要因を整えるべく、社保に加入できる売上高と給与の比率を設定し、賃金のシステムとリンクした売上高目標を立てて、既存顧客数の維持、新規顧客集客の販促を行わなければならない。当方で指導している賃金システムは、歩合手当を抑え、基本給が各自の役割を果たすと徐々に上がっていく基本給表で給与が決まる方法を採用している。一般企業ほど号俸上昇による昇給は少ないが、ある程度、自分の将来の給与が読め、かつ、売上が上がっても歩合手当比率を抑えているので、急激な人件費増が避けられ社保に入りやすくなる。余裕が出れば賞与で還元するという、一般企業と同じやり方である。また、余分に賞与を出し、一部を新たに設立する貯蓄会社等にプールし、その会社が出資することにより自己資本比率を高めることも考えられる。さらには、女性が多い職場であるので、結婚・出産・再出勤の仕組みも整えていくべきである。そして、動機づけ要因を整えるべく、キャリアプランを組み、到達すれば達成感もあり皆から認められ、同時にキャリアに応じた賃金の支払いがある。それらを中期経営計画に組み込み、人を育てるシステムを組む。特にこれからの美容業では、従業員が商品であるので、インターナル・マーケティングの考え方は非常に重要であり、「人が辞めないシステム」という強みを作っていかなければならない。
6) おわりに
美容業は、長時間、サロンで過ごす客にとって、サロンが常に清潔であって、明るく居心地の良い場所でなくてはならない。それには従業員が安心して働け、明るい笑顔が絶えないシステム作りが重要である。従業員が長く務めた結果、技術力が蓄積し、来店者の「口コミ」により新規顧客が増え、また若いスタイリストが伸び、店が発展する。
過当競争が進む中、明確な強みを打ち出せないサロンは、今からでも、「3年後のSWOT分析」を意識して、世の中の先を読みながら、強みを育てていかなければならない